大浜大豆のはなし

1.組織の設立と経緯

 珠洲市狼煙町横山地区は、平成9年に横山振興会という全戸加入の組織を立ち上げた。全国各地で町づくりや一村一品運動が盛り上がる中、当集落もこれにならったが、目立った成果もなく2年が経過した。そのうち「お金で何でも買える時代だが、昔ながらの本物の味を、年輩の者が元気なうちに若い世代に伝える事が大切ではないか」と皆の意見が一致し、平成11年から大豆とそばを生産し、寄せ豆腐、つと納豆、手打ちそばなどを作り、試食を重ねてきた。

横山振興会の活動の拠点となっている横山地区の集会所。地域総出で納豆作りや手打ちそば作りにも励んでいる。

2.大浜大豆との出会い

 平成11年より大豆(エンレイ種)とそばを生産し、寄せ豆腐、つと納豆、手打ちそばを昔ながらの製法で作り、試食会や市内のイベントに出店してきた。このような活動を続けるうちに、ある程度の評価を得て、集落の結束も強まっていった。
 その矢先の平成15年、低温と長雨で大豆が採れず、試食会を開くことが難しくなった。その時、集落の中の一人が「私の大豆で」と申し出てくれたことで、試食会を続けることが出来た。その大豆が大浜大豆であることが初めて分かり、その年の不作がきっかけで大浜大豆に出会うことができた。
 平成16年より大浜大豆の生産をはじめた。その8月、振興会の畑は、真っ白な花が咲き、紅紫色の花は2割ほど混ざって咲いていた。他の畑ではみな紅紫色の花が咲いていたので、われわれは思い切って紅紫色の花の株を抜き、白花だけを残して収穫を迎えた。こうして収穫した大豆は、珠洲市や集落のイベントや試食会で大変味が良いと好評だった。平成17年には大浜大豆の生産を90aに拡大し、市内の小学校やイベント等に種子としても販売した。
 また新たに味噌作りにも取り組み、これまで全員で栽培していた体制を、平成18年から生産部会と加工部会に分けて、専門性を持たせた。その結果100a(2t)もの大浜大豆を収穫し、地元の豆腐店、味噌店だけでなく、金沢、京都、大阪のこだわりを持った各地の豆腐店からの問い合わせも多くなってきた。

大浜大豆の花。8月上旬に可憐な白い花を咲かせる。

3.大浜大豆の特徴

 大浜大豆は5月下旬に種をまき、8月上旬に白い花が咲き、11月中〜下旬に収穫する晩生の在来種(地豆)で、味は甘みとコクがあり、豆腐、味噌、納豆に使うと非常においしい。昭和30年代後半頃までは広く作られていたが、収穫は雨や雪で天候が不安的な時期と重なり、収穫の遅れや乾燥作業が大変なことから、次第に早生のエンレイやあやこがねなど10月中に収穫できる、県の推奨品種に変わっていった。
 珠洲市折戸町の広い砂浜を大浜といい、その周辺で作られていたことが大浜大豆と名付けられた由来のようだ。104歳(※)の老人は「子供のころから作られており、花は白かった。」と話し、現在では“幻の大浜大豆”として地区内外で認められている。

​※平成18年時点

大浜大豆の名前の由来となる折戸町の砂浜。

大浜大豆年表

平成9年(1997年)

珠洲市狼煙町横山地区に、横山振興会設立。

平成11年(1999年)

横山振興会で、大豆とそばの生産を開始。

平成15年(2003年)

天候不良をきっかけに、大浜大豆と出会う。
平成16年(2004年)

大浜大豆の生産を開始。
平成17年(2005年)

大浜大豆の農地を90aに拡大。
平成18年(2006年)

生産部会と加工部会に分離。
平成22年(2010年)

道の駅 狼煙オープン。